明光の彷徨に Ⅰ

ひとちが

2018年02月19日 08:56

2017/10/21

家族に伝えたい・・・
ありがとう


この記事は尊い命と家族愛のドキュメンタリーです
ご家族の許可のもと掲載させていただくことにしました




20歳の若き命の灯が消えた

始まりは道の駅で偶然入手した観光冊子だった
パラパラ眺めながらページをめくっていくと
一枚の写真が目に留まった

山の渓谷に架かる赤い橋


錦の木々の鮮やかさが目を引いたのではない
秋に彩られた景色の中、赤く美しい橋に目を引かれたわけでもない
ただ その時何となく心に引っかかるものがあった

今もまだ その冊子は私の手元にある




訃 報
2017/10/20

山友から一通のメールが届いた

ちがこさん
俺の息子が逝ってしまった


驚きと同時に身体が硬直し凍りつくような感覚を覚え
しばらく文章を何度もじっと読みかえした

信州が大好きな私たちにとって山・温泉・グルメはもとより
最近は山友やその家族にお会いすることも楽しみのひとつとなっていた

突然の息子さんの訃報
一つ屋根の下で暮らす「家族」の中にいた彼の存在は測り得ない

昨日まで元気だった家族が突然いなくなるということ
楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと
腹ただしかったこと、驚いたこと・・・

彼との20年という短い年月の中での色々な思い出は
決して消すことなどできない家族の歴史でもある

突然彼の存在が消えてしまったこと
何故?」という疑問だけが深く家族の心に突き刺さり
どう受け止めていいのかわからない複雑で悲しい気持ちのやり場はなく
ただ時間だけが過ぎていく残酷な現実しか今はないのだ

遠く離れた信州に悲しみに暮れた家族がいる
山友のメールは苦しく辛い心の叫びが秘められていた

私たちにいったい何ができるだろう?
私たちがでしゃばることは単なる自己満足で山友の家族にとって
迷惑なことなのかもしれないと思いながらも・・・



終焉の地へ
2017/10/21

車は信州に向かっていた
町中を過ぎると のんびりした雰囲気の田舎風景が広がる
道沿いの木々は紅葉し鮮やかな秋色が目に飛び込んできた
紅葉の彩りとは裏腹に どんよりとした空が心を重くする

道の先に紅葉の山に架かる赤い橋が見える
あの冊子の中に掲載されていた橋だ

いつもなら山や景色を眺め紅葉を楽しみ心躍っている時間
今日は違う、心は小さく縮こまって身体の中に引きこもっていた

橋の上からの沢はV字状に深くえぐるように山の間を流れている
あの写真と同じ紅葉期の美しい景色だ



橋のすぐ横にある駐車場には与謝野晶子、芭蕉の句碑が立っている
この時期多くの観光者が訪れるスポットである

 

渓谷沿いには遊歩道が整備されていた
入り口には古めかしい門が静かにたたずむ



渓谷を高巻くようにつけられた遊歩道には安全柵がとりつけられ
崖状の切り立った場所からは沢へ降りることはできない

積もった枯れ葉をサクサク踏みながらまだ観光者の歩いていない
遊歩道を終点地でもある温泉街まで歩いてみることにした
沢の水音と静かに深まりゆく秋の匂いがする



温泉街に出る手前に鉄橋があった
橋脇には沢に降り立つことのできる遊歩道

入り口には鎖
朽ち果て危険なため立ち入り禁止になっているのだろう



躊躇することなく鎖をくぐり枯れ葉が積もった遊歩道から沢へ降りてみる



清らかに流れる水、水量も豊富で流れも速い
上部にある滝から蛇行しながら渓谷は続いていた



温泉街から冊子に掲載された写真の撮影ポイントの白い橋へ向かう
数人の観光者が美しい紅葉を眺め絶景をカメラに収めている

ふと見ると、橋の一角には花やジュース、たばこなど
彼を悼む人たちによって手向けられていた物で溢れていた
彼が終焉を迎えた場所の特定はとうとうできなかった

同じように花を手向けライターで線香に火をともす
何もできない自分たちの無力さが悲しい 涙がポロポロこぼれ落ちた
線香の煙が静かにたちのぼっていく



橋の横をふと見ると女性が座りこんでいた
具合でも悪いのだろうか?
彼女のいる場所はダム入口、他の観光者とは明らかに違った

車で移動し近づくと見覚えある姿 彼の姉
花束を握りしめ肩をふるわせ泣いている

声をかけたが放心状態、私たちが誰なのか わからない様子
いつからこの場で泣いているのだろう?

曇天の肌寒いこの場所で彼女はずっと泣き続けていた
ぎゅっと抱きしめたもののかける言葉が見つからない

しばらくするとようやく私たちがわかったようだった
弟の終焉の地に花を手向けようとこの場所に来たそうだ

冊子の写真、終焉の地を知る彼女との再会
不思議ではあるが見えない何かが巡り合わせてくれた

ダム内は立ち入り禁止
ゲートが数ヶ所あり施錠され立ち入り許可が必要なのだ

いこ

迷いはなかった
決めたら最後、自己責任のもと突入する
山ヤのおじさんとおばさんのいい所でもあり悪い所でもある

ゲートを越え河原に降りると彼女の案内で終焉の地に向かう
湿った砂についた靴跡は捜索に入った人たちのものだろう
覆い茂ったヤブの奥から崩れ落ちる石と動物の気配を感じた

彼女に案内されたのは沢から少し上がった小広い場所だった
増水すれば水は上がってくるだろう

しばらくその場に立ち茫然とたちすくむ
寒かっただろう 苦しかっただろう 一人ぼっちで淋しかっただろう
心が苦しい、涙が止まらない

三人で河原の石を集めケルンを積んだ
心を込めて積んだ

一番上には姉が弟のために選んだ赤い石
彼を心から悼む家族の愛の色
花束がケルンの前に手向けられ 再び線香の煙が河原にたちのぼる

ありがとうございます
ちがこさんたちが来てくれなかったら私ここに来ることができなかった
本当にありがとうございます


彼女は涙をこらえながら震える声で何度も何度もつぶやいた

終焉の地に立つことができたのはきっと彼の導きだ
姉を連れてきて欲しくて私たちを選んだのだろう
おせっかいな山ヤのおじさんとおばさんを・・・

星が空に輝き始めるころ山友と家族が待つ自宅に向かった
灯りのともった家の中の空気は重い

悲しみを懸命にこらえ家族の柱となっている父
現実を受け入れたくない兄、涙も枯れ憔悴する姉
心優しい孫に戻ってきてもらいたいと願う祖母
それは彼を愛する家族の在り方そのものであった



遺留品捜索
2017/11/3

10月の最終週、葬儀はしめやかに行われた
彼を見送ることができなかった私たちの心は重い

日を改め再び渓谷に車を走らせる 
今回は沢に残る遺留品捜索である

父である山友の言葉からまだ沢に彼の遺品が残されていることを知った
日は経ってしまったが、できることなら回収してあげたい
すでに捜索も打ち切られた今、沢を捜索するのは私たち以外いないだろうと
考えたからだ

前日にダムを管理する県の砂防課、建設事務所に許可を嘆願
地元の温泉施設に電話し沢の詳細情報を収集
装備も万端、捜索準備は完璧と思われた



赤い橋5キロ下流から沢を遡り遺留品が残されている場所を捜索する
天気も上々、特に問題はない



橋の上から見た沢は 雨で例年より増水しているようだ
流れも早く困難が予想された



沢に降りできるだけ水から顔を出している岩場を狙って
左右に沢を横断、岩の間や流木の下などを捜索する





沢の側面は崖状で崩れてきそうな岩肌が露出し水がしみだしている
大きな岩には水にうたれヤモリが黒光した身体をうねらせていた



歩いて遡れそうな箇所は次第に狭まっていく これ以上は進めそうもない
ロープで安全確保しても水流を遡るのは難しい



一旦 入沢口まで戻り別の場所からアプローチ
引き返した地点から再び沢に降り捜索を始めた



100mほど先まで進むと小滝が現れ行く先を阻む
そこから先も水流が激しくロープを出したものの遡ることはできなかった



計画変更、今度はダムまでの中間地点にある温泉付近からアプローチ
この日は村の秋祭りであった

たくさんの観光客が賑やかな温泉敷地のイベントを見学
満車の駐車場には村のスタッフが数人立ち車を誘導していた
異様ないでたちの私たちの姿は賑やかな秋祭り会場には異質である

たまたま声をかけたのが運よく村の区長さんだった
私たちが沢の遺留品捜索を行っていることを告げると
すぐさま消防団メンバーを集めてくれた
偶然にも彼らは事故当日警察と共にダムに入り捜索してくれた人たちだった

当時の捜索状況、ダムの状態などの詳しい情報を得ることができた上、
すぐさま区長さん自ら車で誘導、沢への降り口へ案内してくれた

民家を下った畑の一番奥にある小さなお神社さん



車を停めると畑を突っ切り道なきヤブから崖尾根を下る
区長さんの手には自宅から持ってきたカマ、足元は黒長

山ヤも引くような険しい崖をもろともせずヤブをバサバサ下っていく
地元ならではの土地勘と経験が心強い

ありがとうございました
ここから先、ダムまで遡ってみます




区長さんにお礼を述べた後、再び河原歩きが始まった
遺留品が見つかることを祈りながらの懸命の捜索は続いた



水流がハンパない 深みは腰までありそうだ
仕方なく陸に上がりヤブをかき分け進むもののバラヤブは無敵だった



ダムの壁が見えはじめたころ捜索は限界を迎えた

見つけられなかったね・・・

流されちゃったかもしれませんね・・・



消防団のメンバーの話では数日前に工事中だったダムが放流されたという
遺留品は激しい放水により流された可能性が高い
何も発見できず残念な結果に終わってしまったことが悔やまれた



足取りも重く車に戻るとワイパーに紙がはさんであった
区長さんの電話番号が記載されている
ご自宅にお借りしたカマを返却、電話で報告とお礼を伝える

何かお手伝いできることがあればいつでもお電話ください

惜しみない協力を申し出てくれる地元の人たちに深く感謝

ダム入口からゲートをすりぬけ終焉の地に向かった
増水したダム内の沢筋は姿を豹変していた

飛び越えることができた小さな沢ですら膝上の川
終焉の地には簡単に近づけない状態



白い橋の上まで戻るとあの日積んだケルンが見えた
増水した沢はあと数十センチでケルンを飲み込んでしまいそうだ



ごめんね 探してあげられなくて・・・

無力な自分たちが悲しかった
紅葉も終盤、河原にたつ小さなケルンから彼の声がしたように思えた

おじさん、おばさん ありがとう
今日はもういいよ


帰り道、沢で冷えた身体を温めようと捜索前日に沢の情報を
教えていただいた温泉施設にお礼がてら立ち寄ってみる
若いご夫婦が出迎えてくれた

無事に戻れてよかったです、心配していました
彼のことは村でも皆心を痛めています


地元の人たちは親切な人ばかりだった



山友からの手紙Ⅰ
2017/11/21

もう、月命日になります
すぐに21歳の誕生日です


手紙には彼の行方がわからなくなってから終焉の地で発見されるまでの
詳しい状況が数枚にわたりこんこんと綴られていた

川から這い上り見上げていた景色はどんな感じだったのだろう?

痛みは? 寒さは? 孤独感は? 誰かを想っていた?
誰かを憎んでいた? お腹すかしてた? 何に悲しみ? 涙を流してた?

まだ20歳の短い人生で淋しさの方が長かったのか?
楽しみより苦しみが大きかったのか?

ただ、おまえ最後は後悔したよな・・・
凄く後悔したと思う

きっと死にたくなかいと思ったよな 助けを待っていたよな
ごめんな ごめん 助に行けなくてごめん


同じ年ごろ、思春期の迷走する息子をもつ私たちは彼に息子の姿を重ねた 
父の深い愛がいっぱい詰まった手紙、涙が止まらない

あの世に知り合い居ないでしょうに
大丈夫ですか?


息子を気遣う優しい父の最後の言葉

何を頼まれても断ることができない性格
人を気遣うことができる優しかった彼
父であるあなたにそっくりだったのでは?

そんな性格の彼だから今はもう言葉にはできない家族への「ありがとう」と
感謝の心を伝えたいと願っているのでは?

先立ってしまった息子
残された家族の時間は止まった
それでも彼の心は家族といつも一緒です

冥福を祈るばかり



追悼
2017/12/22

冬将軍が訪れ雪も舞い始めたこの季節
旅立っていった彼に届けたい物があった

山ヤのおじさんとおばさんからのプレゼント
顔なじみとなった山梨の若草瓦会館にお願いして自分たちの手で
レリーフとお地蔵さんを作り奉納する計画だ

 

レリーフは姉の言葉をヒントに彼が好きだった音楽と
山と渓谷の流れ、明るく光る水のきらめきをイメージ


窯入前


完成品・ちがこ作


大仏さん・大黒さん・お地蔵さんをイメージしたお友達
優しい表情、短い手足、なんとも癒し系
背中にはシッポみたいな袋を背負っている
大黒地蔵さん曰く、袋の中身はおやつだそうで・・・


窯入前


完成品・ひとし作


母(ちせこさん)が大黒地蔵さんのために冬は寒かろうと
赤い毛糸で帽子を編んでくれた

手紙にあった「あの世に知り合い居ないでしょうに大丈夫ですか?」と
心配している父の気持ちに添えただろうか?

瓦が焼きあがるまで一ヶ月、時間がかかってしまったけれど
ようやく完成、きっと彼も喜んでくれるよね

遺品の回収はできずじまい、せめてこれだけは自分たちの手で届けたい
そんな願いも空しく私達家族の事情で一足先にレリーフと大黒地蔵さんは
山友に託すこととなった



山友からの手紙Ⅱ
2018/1/5

年をまたいで山友から手紙が届いた

12月24日、イブの日に届けました

終焉の地のケルンの前に手向けられたレリーフと大黒地蔵さんの写真が
何枚も手紙に添えられていた



秋の錦に彩られた景色とは違う白い世界
沢の水が減った代わりに深く雪が積もっている



数日後、USBが届いた
12/23・12/24・12/29・12/31の画像ホルダーがあった

昨年の台風で半壊してしまったケルンの再建の一部始終、
奉納したレリーフと大黒地蔵さんの様子だ





荷を担ぎ沢に降り立ちケルンに積もる雪を払い丁寧に一つずつ石を積む
どんなに雨風にさらされても崩れないように



どこからでも息子が見えるように少しでも大きく立派なケルンになるように
大きな石を何度も引きずって運び積んでいく



降雪すれば一日でケルンもレリーフもお地蔵さんも深い雪に埋もれ
大きな綿帽子をかぶり白い景色に溶け込んでしまう



父は彼に会いたくて、少しでも傍にいたくって時間を作り終焉の地に通い
レリーフとお地蔵さんを掘り出すのだ

 

黄色のバンダナに包まれた大黒地蔵さん幸せそう



父ちゃん、今日も来てくれたんだね ありがとう



この場所に来るたびに父は泣いている
泣きながら今は亡き息子に問いかけている

あの世に知り合い居ないでしょうに大丈夫ですか?」と



手紙の最後はこう綴られていた

自分自身にしっかりしろと言い聞かす毎日です



どうにもできない悲しみと苦しみから一歩でも前に進もうとする強い父
その姿、気持ちを想像するだけで私達の心もたまらなく辛い



解凍
2018/2/15

信州は今日も雪予報
山友はどうしているだろう?

あの日から私の時間も止まった
ブログは凍結、どうしてもPCに向かうことができず現在に至った
PCだけでなく私自身の生活もすべて氷の世界に閉ざされてしまったように
身も心も閉鎖、まるで引きこもりの息子と同じ状態だ

悩み行き詰っている私を気遣い山友がアドバイスをくれた 
子供を守る最後の結界は親だよ。俺は失敗しちゃったけど
辛い状況下にもかかわらず冗談交じりに私達の気持ちを考えアドバイスを
くれる山友には本当に感謝の言葉しかなかった

百か日を区切りにして強がって生きる と宣言した山友
私も見習いたいと思う
今は彼の言葉を実行するのみ、必ず雪解けは訪れるはずだと

そしてもう一度あの場所へ
明光の彷徨に・・・





改めて両親と息子と共に訪れ共に冥福を祈ることを心待ちにしたいと思う
それまで待っててね

氷よ 解けろ! 雪よ 解けろ!
春はきっとくるはず




父ちゃん 20年間ありがとう

青年が最後に伝えたかったのはきっと家族への愛と感謝の言葉だ


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